あれっ、右の足首が腫れてるな――伴う痛みも、当初は辛うじて耐えられる程度。歩行時は右足を引きずるようにしながら、私は働いていました。
患部をぶつけたり、ひねったりした覚えもない。外傷もないので、そのままで目の前の業務に没頭。1週間もすると、痛みも消えていきました。ことしの3月ごろのことだったと思います。
ところが! 5月あたりになって同じ症状に襲われました。今度は右足の親指の付け根も大きく膨れあがり、足首の腫れと痛みも経験したことのないレベル。痛くて痛くて、ほとんど身動きもとれない状況でした。
たまらずに病院へ赴くと、『痛風』との診断。その裏付けともなる尿酸値が、健常者の基準をとんでもなく超えていることも判明しました。
えっ!? オレはそんなに贅沢(ぜいたく)なんか、してないけどな…嘆いてみても始まりません。そこで、意図的にこう考えるようにしました。
今で良かった、ありがとう! と。心筋梗塞や脳梗塞などの大事に発展しないように、体のほうが先にSOSを発信してくれたのだ。よし、それなら体質も改善していこう、と決めました。
夜遅くの就寝前の暴飲暴食をできるだけ避けて、朝方の生活へと緩やかにシフト。痛風の大敵という、イクラなど魚卵を口にしないよう気をつけました。
するとどうでしょう。この半年あまり、尿酸値を上げないようにする薬に頼りながらですが、あの恐ろしい痛みの再来を防げています。また、結果として体重が9㎏減って、身動きも軽くなってきた感じがしています。
マジメに懸命に働く日々の中で、突然に発症した激痛(痛風)。これを悲観したり落ち込んだりせず、先述のように前向きに考えて行動を変えることができたのは、私の中に“可能思考”というものがあるからです。
そもそもは、生来の心配性でマイナス思考だった私。小学生のころの“ジャイアン”さながらの粗暴は、自分の気持ちの弱さにフタをするための、ある種のカムフラージュだったのかもしれません(コラム第6回➡こちら)。また、高校まで熱中した野球の選手時代を振り返っても、そういう部分がプレーと結果にモロに出ていました。
小中高とポジションは捕手でしたが、一塁や三塁に相手走者がいると、投手に出すサインはストレートばかり。バウンドした変化球を体の前で止める練習も相当に重ねていましたが、本番の苦しい場面になると、それを要求する勇気がありませんでした。
とにかく、走られてピンチを広げるのが嫌で、暴投や捕逸で失点するのはもっと嫌。というより、頭に浮かんでくる次の展開が、不思議とそういう良くないものばかりで、それが現実となることを極度に恐れていたのだと思います。
先輩からも一目置かれる選手だったが、実は心は柔だった(写真は中学硬式2年時の全国大会)
打撃でもそうです。第1打席でヒットを放ったり、良い当たりを飛ばせたときには、2安打3安打と固め打ちができる。ところが、第1打席でボテゴロの凡打に終わろうものなら、負のイメージをずるずると引きずってしまい、音なしのまま終えた試合がどれほどあったことでしょう。
この今、現役の選手たちの中にも、そういうタイプが少なからずいることと思います。でも、心配することはありません。この私でも、何かにつけてのネガティブな思考回路を脱することができたのですから。
すべては“可能思考”のおかげ。では、これをいかにして知り、自分のものとして生かすことができるようになったのか。今回は出会いのほうに触れていきたいと思います。
それは元同僚の2人と、2006年にフィールドフォース(FF社)を立ち上げて間もないころ。ある知人の紹介から、創業者の3人で参加した自己啓発セミナーでのことでした。
痛風の痛みに等しいくらい、思い出したくもない厳しい研修でした。通常の本業をこなしながら、セミナーで与えられた課題に取り組む。それはまだいいとして、講師陣が高圧的で罵倒されることも多々。参加者は成熟した大人たちですから、人格も否定されるような内容に反発したり、途中で去る人も。
そんなある日の研修で、薄暗い室内で踏み台昇降運動(低い台を上り下りする)を延々とやる、というものがありました。回数も時間も指示されず。講師は「こちらから『ストップ』の指示があるまで続けてください!」とだけ言い残して、部屋からいなくなってしまいました。
10分経ち、20分が過ぎ、30分もすると、運動をやめる人もちらほら。こんな意味不明のことを、いつまでやらされるのか…ネガティブ思考の私は、不満や不安を打ち消すために、ひたすらに心を無にして運動を続けました。そして1時間したあたりで、ようやく部屋に戻ってきた講師が「ストップ!」するや、運動を放棄していた参加者を烈火のごとく罵りました。
「最初はしっかりやっていたのに途中で簡単にあきらめたあなたたちは、会社でプロジェクトを任されても同じように勝手に途中でやめるんですか!? そんなことでリーダーシップをとれるんですか!?」
一方、最後まで運動を継続した参加者は、続けた理由を聞かれました。私のような「無心」という答えも複数ある中で、一人の参加者がこう言ったのです。
「やっているうちにリズムが出てきて、自分の中で歌を歌いながらやっていたら楽しくなってきて、時間のことをほとんど忘れていました」
結局、その研修の一コマで教示されたことは、目の前のことをいかに楽しくできるか、リズムよく楽しくやれるかで結果も違ってくる。そういう発想や着眼、考え方が“可能思考”である、というものでした。
出典/コスモ教育出版 https://cosmo-book.com/products/detail/34 ※文中の自己啓発セミナーとは関係ありません
実のところ、講義のその強引なやり口は、今でも腑に落ちないところがあります。「リズムが出てきて楽しくなってきた」という発言者も、今から思えば唐突で不自然だったような気もしないではありません。あれからもう10数年経っていますから、講師陣はソフトに、研修の内容も今の時代に沿ったものとなっているのかもしれません。
ともあれ、“可能思考”というものの存在を知ったことで、以降の私は大いに救われて今日があるのも事実です。
たとえば、FF社のベストセラー商品も、“可能思考”によって延命・昇華してきた経緯があります。
累計の販売台数は10万台を超えている『スウィングパートナー』。現在の5号機もなお、ベストセールを記録し続ける看板商品ですが、実はリコール(回収と修理)や生産終了も考えた時期があったのです。
紙枚が尽きましたので、続きは次回の後編で。
(吉村尚記)